JR三ノ宮駅前の元祖ランドマーク「ミント神戸」が開業20年を迎えます。かつての神戸新聞会館の再建は事業者の神戸新聞だけでなく、神戸市民の悲願であり、震災後11年を経て、2006年10月に完成しました。1950年代から三宮のシンボルの一つであった「旧・神戸新聞会館」は、地下の飲食街(秀味街)や映画館、上層階のオフィスなどが入り、長年にわたって地元の人々の賑わいの中心となっていました。

その再建は、神戸国際会館、神戸交通センタービルと共に、三宮の復興には欠かせない存在でした。国が指定する「都市再生緊急整備地域」(三ノ宮駅南側エリア)に組み込まれたことで、民間の活力を引き出し、都市の機能をアップデートするための特別な法的優遇(都市再生特別地区の指定など)を受けることが可能となった事により、容積率は800%から1600%へと緩和され、地下2階・地上18階建て、延床面積約41,337平方メートルの複合高層ビルとして誕生しました。

中長距離バスターミナルを1階に備えた他、地下1階には阪神百貨店と秀味街に代わる飲食店街、2-8階に高感度のファッションや雑貨、タワーレコード、人気飲食店の入る商業施設、9階は8つのスクリーンを備えたシネマコンプレックス「OSシネマズミント神戸」が入り、高層階にはオフィスや大学のサテライト、献血ルームなども入居し、複合都市機能によって三宮の賑わいを牽引してきました。

この20年の間、商業フロアのリニューアルを経て、その魅力を維持し続け、ランドマークとしての座を堅持してきました。テナントとして入居するアパレルブランドや話題性の高い飲食店も駅前一等地にある立地や建物のグレード、施設の集客性を含めた総合力を評価してミント神戸へ出店しています。

しかしこれまでの三宮とは次元の異なる規模の再開発が進行しており、ミント神戸を取り囲むように新しい大型ビルが建設されています。ミント神戸1階の三宮バスターミナルは、神戸三宮ツインゲートと一体的に「バスタ神戸三宮」として、運用される計画です。1期ビル内のバスタの周りにもテナント区画が新たに創出される予定ですが、恐らくミント神戸の既存テナントの流出の心配や、競合するテナントが多く出店する事はなく、飲食店や雑貨店等を中心とした構成になり、ビル内施設の利用者の利便性向上を目的としたテナントで構成されるものと予想されます。

ミント神戸とガチンコで競合する可能性があるのは、JR三ノ宮新駅ビルの低層部商業フロアでしょう。駅ビル内という更に好立地に恵まれた環境とより広いフロアや区画面積はミント神戸のみならず、神戸阪急、神戸マルイ、三宮センター街内等のテナントにとっても魅力的に映る筈です。新しい商業施設と既存の商業施設との間には棲み分けを模索する部分もありながらも、競合が避けられない側面はどうしても生じてしまうでしょう。街の中で限られたパイの奪い合いではなく、インバウンドも含めて広域圏からの来街者を増やし、連携による全体の底上げを狙う事により、各施設が共存できる環境を整えていく必要があるでしょう。ミント神戸の次の20年を見据えた取り組みに期待したいと思います。
ミント神戸が開業20周年を迎える 周辺で大規模再開発が進行する中で次の20年を見据えるには?
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その昔、神戸新聞会館にはお習い事で母に連れられて毎週のように通っておりました。
いやいやのお習い事のご褒美に、さんちかの手打ちラーメン屋さん(今は無いです)で、手打ちの実演を見た後にラーメンを食べるのがお決まりでした。
しばらく神戸を離れ戻ってきたのがミント神戸開業の一年後でした。
震災で新聞会館が取り壊されたことは、ネット等で見聞きしており、大変寂しく思っておりましたが、その後に開業したミント神戸は大阪の商業地にあっても見劣りのしない素晴らしい物でした。
三宮では初めての大規模の複合ビルであり、また不足していた高級志向のレストラン街やハイセンスなファッション売り場は新鮮でした。
シネコン、ファッション、飲食も有り、若い人たちもここで一日を過ごすことができ、ある程度、梅田への流出も防げたでしょう。
開業から20年経ちましたが、間もなく訪れる三宮の激変にも見劣りしないデザイン性と機能性は先見の明があったと思います。
もしミント神戸が無かったらと思うとゾッとします。
ただ数年後には三宮のランドマークとして役割は他に譲ることは目に見えています。ステータス性を重んじる店舗は他への移転を真剣に考えているでしょう。
ツインゲート、JR駅ビルの開業後は一時的に三宮はオーバーストアになるでしょうが、インバウンドも含め人流は間違いなく増えるはずです。
そこをどう拾っていくのか、震災後の三宮を牽引してきたミント神戸の次なる一手に注目しています。